林千勝氏の著書『近衛文麿 野望と挫折』は、従来の近衛文麿像や大東亜戦争(太平洋戦争)への認識を大きく覆す内容として注目されています。
この本は、近衛文麿が単なる優柔不断な政治家ではなく、むしろ確固たる「野望」を抱き、それが日本の歴史に大きな影響を与えたという独自の視点から描かれています。
従来の近衛文麿像と林千勝氏の主張
従来の近衛文麿像
一般的に、近衛文麿は昭和初期の日本の首相として、日中戦争の泥沼化や対米戦争への道のりを阻止できなかった優柔不断な政治家、あるいは時流に流されたポピュリストとして描かれることが多かったとされています。
決断力に欠け、周囲の意見に振り回された結果、戦争を回避できなかった、という見方が主流でした。
林千勝氏の主張
林千勝氏は、この従来の評価を根本から覆します。
彼によれば、近衛文麿は決して優柔不断な人間ではなく、むしろ「藤原氏の世」を再来させるという壮大な野望を抱き、その実現のために周到な計画を立て、様々な勢力を利用した「確信犯」であったと主張します。
近衛文麿の「野望」と「手口」
林千勝氏は、近衛の野望と、それを実現するための巧みな手口を次のように指摘しています。
「敗戦革命」の利用と共産主義者との連携
近衛は、首相時代に風見章や尾崎秀実といった「赤色分子」(共産主義者)をブレーンとして重用しました。
彼らは「敗戦革命」を夢見ており、日本が敗戦することで既存の秩序が崩壊し、新たな体制を築けると考えていました。
近衛は、この「敗戦革命」の思想や、彼らの影響力を自らの野望達成のために利用したとされます。
具体的には、日中戦争を泥沼化させることで、軍部の力を弱め、また日本の疲弊を招くことで、既存体制を揺るがすことを意図したとされます。
何度も講和のチャンスがあったにもかかわらず、それを潰したのは、戦争を拡大させ、混乱を深めることが近衛の思惑に合致したからだ、と著者は主張します。
特に、枢軸国勝利の最大の好機とされた「北進論」(ソ連への侵攻)を潰し、対米戦争に突き進ませたのは、近衛の意図によるものだとされています。
これは、共産主義者たちがソ連との戦争を望まなかったため、その意向に沿ったものであり、同時に日本を対米戦争という泥沼に引き込むことで、敗戦へのレールを敷いた、と解釈されています。
昭和天皇や陸軍の「操作」
近衛は、その巧みな政治手腕で、昭和天皇や陸軍の要人たちを「操り」、自らの野望のために動かしたと指摘されています。
彼の「ポピュリズム」は、国民からの支持を得るための手段であり、その裏では周到な計算があった、と見られています。
「大政翼賛会」の設立
国民を一つにまとめ上げる「大政翼賛会」の設立も、近衛が自らの権力基盤を強化し、国民を統制するための手段だったとされています。
これは、国民的組織が完成され、その後の日本を分断する基盤を作った、という批判的な見方もされています。
「近衛上奏文」のアリバイ工作
戦争末期に近衛が天皇に提出した「近衛上奏文」は、一般的には日本の敗戦を予見し、反共を訴えるものとして評価されることがあります。
しかし、林千勝氏は、これを「敗戦後に権力を握るための米国へのポーズ」であり、自らの「敗戦革命」計画とは別に、戦後のアリバイ工作として行ったものだと分析しています。
責任回避と逃避
近衛は、重要な局面で病気と称して床に臥せったり、戦局が悪化すると疎開して姿を隠したりするなど、責任から逃れる行動を繰り返したとされています。
そして、開戦の直前に政権を投げ出し、東条内閣に戦争開始の責任を負わせることで、自らは身を隠したと著者は見ています。
「挫折」の真相:近衛謀殺説
近衛の野望は、あと一歩で成就する寸前だったにもかかわらず、最終的には挫折したとされています。
林千勝氏は、その挫折の背景に、近衛の野望に危機感を抱いた勢力の存在を指摘し、近衛の「自殺」は実は「謀殺」であったという衝撃的な説を提示しています。
東京裁判と近衛の排除
近衛を東京裁判の被告人の席に追いやり、そして「自殺」という形で彼を永遠に葬った勢力がいた、というのです。
それは、近衛が抱いていた「大望」や、戦後の日本における彼の影響力に危機感を抱いた勢力(国際金融資本やGHQ、あるいは近衛を利用していた共産主義者の一部など)であった可能性を示唆しています。
「自殺」の矛盾と不自然さ
青酸カリによる「自殺」とされている近衛の死には、数々の矛盾や不可解な行動があり、それが謀殺説の根拠として挙げられています。
この本の意義と影響
林千勝氏の『近衛文麿 野望と挫折』は、従来の歴史認識を覆すような衝撃的な内容であるため、賛否両論を呼んでいます。
しかし、多くの読者にとって、「現代史を覆す決定的真実」に迫る、知的衝撃を与える重厚な歴史研究書として評価されています。
この本が訴えたいのは、大東亜戦争に至る原因を軍部の暴走だけと捉えるのではなく、当時の政治の中枢にいた近衛文麿の「野望」と、彼が利用した共産主義者や国際金融資本といった勢力の存在を理解することの重要性です。
そして、戦後の日本社会のあり方の原型が、近衛政権にあったこと、さらには現代社会の分断にも通じる問題の根源がそこにあると示唆しています。
簡単に言えば、林千勝氏は「近衛文麿は、戦後の日本に大きな影響を与え、その後の日本を形作る礎を築いた、非常に計算高く、周到な野心家であった」と主張していると言えるでしょう。


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