めんどくさいをやめました

自己啓発

やましたひでこさん著書、『「めんどくさい」をやめました。さあ、言葉も片づけてみようか!』

この本は「言葉」に注目した“断捨離”(不要なものを捨てて心と空間を整える考え方)の応用で、普段、つい口にしてしまうネガティブなフレーズを見直すことで、思考や行動のあり方をポジティブに変えていこうという提案の本です。

「めんどくさい」「つまらない」「しょうがない」片づけたい三つの言葉

めんどくさい(関係を絶つ言葉)

「めんどくさい」という言葉は、本来ならつながるはずの人や物事との関係を、自分の側から断ち切ってしまう作用を持っています。

面倒と感じた瞬間、私たちはそこにかける時間やエネルギーを惜しみ、距離を取ろうとします。

その結果、せっかくの学びや成長の機会、人とのつながり、未知の体験などを自ら手放してしまうことになります。

特に人間関係では、「めんどくさい」と口にすることで相手とのコミュニケーションや信頼構築の道を閉ざし、関係を浅く脆いものにしてしまいます。

この言葉は、一時的な労力の節約と引き換えに、長期的なつながりの芽を摘む「関係断絶のスイッチ」となりやすいのです。

つまらない(運を捨てる言葉)

「つまらない」という言葉は、自分が置かれている状況や目の前の出来事から価値を見出す力を弱め、幸運の入り口を自ら閉ざしてしまいます。

この言葉を発すると、無意識のうちに物事を軽んじ、感謝や好奇心を失ってしまうため、新しい発見や人脈、チャンスがやってくる流れが止まります。

さらに、「つまらない」と感じるのは、自分がその場に意欲的に関わっていない証拠でもあります。

つまり、外部の出来事を否定しているようでいて、実は自分の行動や心の姿勢を制限し、運気や流れを自ら手放してしまうのです。

この言葉は、幸運の種を蒔く代わりに、芽吹く前に刈り取ってしまう「運の放棄宣言」と言えます。

しょうがない(命から離れる言葉)

「しょうがない」という言葉は、一見すると受け入れや諦めの姿勢を示すようですが、使い方によっては自分の意志や生命力から距離を取る危険があります。

本来、命は変化や行動を通じて未来を切り開く力を持っていますが、「しょうがない」と言うことで、その力を自ら放棄し、現状維持や停滞を選んでしまうのです。

これは、外部の状況に責任を委ね、自分の選択権や行動権を手放す行為でもあります。

結果として、環境や他人に流されるだけの生き方となり、命が本来持っている「生きようとする方向性」から離れてしまいます。

この言葉は、現実を受け入れるための言葉として使うなら有効ですが、諦めの口実にしてしまうと、自分の命の力を削ぐ「生命放棄の合図」になってしまうのです。

「行かない」「行かれない」「行きたくない」じつは自分をないがしろにしている言葉

言葉で自分を誤魔化す

「行かない」という選択を口にするとき、本当は少し興味があったり、行けば得られるものがあると感じていても、その気持ちを隠すために言葉を使ってしまうことがあります。

これは、自分の中にある本音や好奇心を直視せず、「行かない」という一言で心を蓋する行為です。

表向きは意思表示のように見えますが、実際は自分の感情や欲求を誤魔化し、安全な範囲に留まろうとする心理が働いています。

結果として、自分の可能性や行動の選択肢を狭め、未来のチャンスや出会いを逃してしまうのです。

言葉で自分を規格に嵌める

「行かれない」という言葉は、表面的には事情や制約を説明しているように聞こえますが、裏側には「自分はこういう状況だから仕方ない」という枠を自分自身に課す作用があります。

この枠はしばしば、自分で勝手に作った制限や思い込みによって形作られており、「行かれない」という言葉を繰り返すことで、その制限がますます強化されます。

つまり、この言葉は環境や他人に責任を置く一方で、自らを決められた規格や条件に押し込め、自由な発想や行動を封じ込める自己規制の道具となってしまうのです。

言葉で自分をないがしろにする

「行きたくない」という言葉は、一見すると自分の意思をはっきり示しているように思えますが、実際にはその裏に、自分の感情や体調、状況を深く理解しようとしない態度が潜んでいることがあります。

なぜ行きたくないのか、その理由や背景を掘り下げる前に、単純な否定で片づけてしまうことで、自分自身の声を無視することになります。

これは、自分の本心や必要なケアに気づかずに切り捨てる行為であり、長期的には自己理解や自己尊重を損ないます。

言葉ひとつで、自分の内面との対話を放棄してしまうことが、「ないがしろ」にすることの本質なのです。

「忙しい」「大変」「疲れた」ポジティブへの言い換えでは解決しない

自分をわかってほしいとアピールする言葉

「忙しい」「大変」「疲れた」という言葉は、多くの場合、相手に状況を説明するよりも「今の自分を理解してほしい」という感情を伝えるために使われます。

これらの言葉を口にすることで、相手からの共感や労い、配慮を期待しているのです。

つまり、本当の目的は状況説明ではなく「私の頑張りやしんどさを認めて」というアピールです。

しかし、この表現は感情の深い部分を正確には伝えられないため、相手にとってはただの常套句に聞こえ、期待するほどの理解や変化が得られないことも多くあります。

その結果、「わかってもらえない」という不満が蓄積しやすくなります。

自分に言い訳をつくる言葉

これらの言葉は、外部に向けてだけでなく、自分自身に向けた言い訳としても機能します。

「忙しいから」「大変だから」「疲れているから」という理由を使えば、行動を先延ばしにしたり、新しい挑戦を避けたりすることが正当化されます。

こうして、自分に課した目標ややるべきことに取り組まない理由を、もっともらしい形で自分に納得させてしまうのです。

短期的には安心感を与えますが、長期的には行動の幅を狭め、成長や変化の機会を失わせる「自己制限の口実」になってしまいます。

自分の味方の言葉・敵の言葉

「忙しい」「大変」「疲れた」という言葉は、使い方によって自分の味方にも敵にもなります。

味方として機能するのは、これらの言葉を「今の自分の状態を正しく把握するための自己観察」として使う場合です。

そうすれば、休養や助けを求める判断ができ、心身のバランスを保てます。

しかし、敵になるのは、これらの言葉を繰り返し口癖にしてしまい、無意識に「私は常に忙しく、大変で、疲れている」という自己像を固定化してしまうときです。

この自己暗示は、余裕や楽しさを感じる感性を鈍らせ、結果的に現実までその言葉通りにしてしまいます。

「お金がない」「時間がない」どうせならある関係を築きたい

口癖に現れる“ない”への願い

「お金がない」「時間がない」という言葉は、一見すると不足を訴える否定的な表現ですが、裏を返せば「お金が欲しい」「時間が欲しい」という願いの裏返しです。

人は本当に関心のないものについては、そもそも口にしません。

つまり、“ない”と繰り返すほど、その対象に強く意識が向いており、それを求める心が隠れています。

しかし、この願い方は「不足」に焦点を当ててしまうため、あるものを活かす発想や行動を阻害し、結果的に不足感ばかりを強めることになります。

“ある”関係を築くためには、この願いを「もっとこうしたい」「これを増やそう」という方向に置き換える必要があります。

口癖に現れる支配の欲求

「お金がない」「時間がない」という言葉は、単に状況を述べているように見えて、実は相手や環境へのコントロール欲求が潜んでいることがあります。

例えば、誘いを断るときに「時間がない」と言えば、相手はそれ以上踏み込めません。 

これは、やんわりと相手の行動や期待を制限する手段にもなります。

また、「お金がない」と言うことで、相手に負担させたり、提案を引き下げさせたりする効果も生まれます。

このように“ない”という口癖は、自分の都合を通すための、無意識の防御や支配のツールになりやすいのです。

口癖と言い回しに現れる自分の存在

人が日常的に口にする言葉は、その人の世界観や自己像を形作ります。

「お金がない」「時間がない」と繰り返す人は、自分を“常に不足している存在”として物語り続けることになります。

その言い回しは、やがて相手にも「この人はいつも余裕がない人」という印象を与え、関係性やチャンスにも影響を及ぼします。

反対に、「お金はこう使っている」「時間はこう作っている」といった“ある”を前提にした言葉を使う人は、自分を豊かで主体的な存在として周囲に示すことができます。

つまり、口癖は単なる言葉ではなく、自分の存在のあり方を日々、外に向けて発信しているものなのです。

「大丈夫」「ごめんなさい」「お蔭さまで」そこにある人生の記憶

口癖に現れる人生の記憶

人が無意識に繰り返す口癖には、その人が生きてきた過程で刻まれた記憶や背景が反映されています。

「大丈夫」と言う人は、過去に自分を支える存在が少なかったり、困難を自力で乗り越える経験を積んできたことが多くあります。

「ごめんなさい」が自然に出る人は、幼少期から周囲の機嫌をうかがい、衝突を避けることで関係を保ってきた経験が刻まれている場合があります。

「お蔭さまで」と言える人は、誰かに助けられた記憶や感謝を積み重ねてきた人生を送ってきた可能性が高いのです。

つまり、口癖は単なる言葉ではなく、その人の生き方や価値観の履歴書のような役割を果たしています。

好きな言葉は「ただいま」と「ごめんなさい」

「ただいま」という言葉には、帰る場所があるという安心感と、迎えてくれる存在がいるというぬくもりが込められています。

それは、物理的な家だけでなく、心が落ち着く関係や場所の記憶と結びついています。

一方、「ごめんなさい」という言葉は、自分の非を認めて相手との関係を修復するための鍵です。

これをためらわず言える人は、過去に許される経験や、謝罪が絆を深めることを知っている人です。

どちらの言葉も、人とのつながりを大切にする姿勢を反映しており、愛着や信頼という人生の記憶を呼び起こします。

心が和む言葉

「お蔭さまで」という言葉には、相手や環境への感謝が自然に込められています。

この一言を口にすると、自分だけで成し遂げたのではなく、誰かや何かの支えがあったという事実を思い出します。

これは、感謝の対象を意識することで、心に温かさや安らぎが生まれる効果があります。

さらに、この言葉を受け取る側も「自分の存在が役立った」と感じ、双方の心が和みます。

こうした言葉は、感謝の習慣が積み重なった人生の記憶から生まれ、日々の会話の中で人間関係を穏やかに育てていきます。

「めんどくさいから」「つまらないから」「しょうがないから」もしかしてそれは踏ん張り時のサインかもしれない

始末のいいひとに

「めんどくさいから」「つまらないから」「しょうがないから」という言葉を頻繁に使う人は、表面上は物事をきっぱりと切り上げ、無駄な時間や労力を避ける“始末のいい人”に見えることがあります。

しかし、その裏側では、面倒や退屈に感じる瞬間こそが、自分の成長や変化の入り口である場合が多くあります。

つまり、本当の意味での“始末の良さ”とは、そこで関係や課題を終わらせるのではなく、一度立ち止まって「これは自分にとってどんな意味があるのか」を見極めることです。

見えないチャンスを捨てずに拾えるかどうかは、この瞬間の向き合い方にかかっています。

愚痴と願望と決意と

これらの言葉は、時に愚痴として使われ、現状の不満や行き詰まりを吐き出す役割を果たします。

しかし、愚痴の奥には必ず「こうだったらいいのに」という願望が隠れています。

「めんどくさいから」と言うときは、本当はもっと簡単でスムーズな方法を求めています。

「つまらないから」と言うときは、もっと刺激的で充実した時間を望んでいます。

「しょうがないから」と言うときは、どうにかできる状況や自由を求めています。

このように、愚痴は単なる否定ではなく、潜在的な願望の表れであり、それを掘り起こすことで行動のきっかけや解決策が見えてきます。

「めんどくさいから」「つまらないから」「しょうがないから」という言葉を、逃げる理由ではなく、次の行動への踏み台として使うこともできます。

例えば、「めんどくさいから、今のうちに片付けてしまおう」や「つまらないから、自分で面白くしてみよう」というように、言葉の後に前向きな行動をつなげるのです。

これにより、否定的な口癖が“決意”に変わり、踏ん張り時を乗り越える原動力になります。

つまり、この三つの言葉は、現状を閉ざす合図にもなりますが、使い方次第で未来を開く合図にも変えられるのです。

めんどくさい・つまらない・しょうがないは自分が大きくなるチャンス

面倒さ、退屈さ、仕方なさを感じる瞬間は、実は自分が一段階成長できる入り口です。

面倒なことに向き合えば忍耐力と段取り力が鍛えられます。

つまらないことに工夫を加えれば、創造力と主体性が育ちます。

しょうがないことを受け入れたうえで一歩踏み出せば、柔軟性と行動力が身につきます。

つまり、この三つの感情は、成長のためのトレーニング機会を知らせるサインであり、それを避けずに活かすことで、自分の器は確実に広がります。

日常の中でふと出るこの言葉は、決して成長を止める合図ではなく、自分を大きくするためのチャンスの呼び鈴なのです。

まとめ

やましたひでこさんの『めんどくさいをやめました。』では、日常で何気なく口にする言葉の裏に、自分を制限し、可能性を閉ざしてしまう心理や習慣が潜んでいることを指摘しています。

「めんどくさい」「つまらない」「しょうがない」といった言葉は、行動や感情の流れを断ち切り、運や命とのつながりを遠ざけるものであり、「行かない」「行かれない」「行きたくない」は、自分の本心を誤魔化し、型にはめ、自己を軽んじる危険を含みます。

また、「忙しい」「大変」「疲れた」は、ポジティブな言い換えだけでは解決せず、理解してほしい気持ちや言い訳を作る心理、さらには自分を守る味方にも敵にもなりうる作用があります。

「お金がない」「時間がない」という口癖は、欠乏への願望や他者を支配したい思い、自分の存在のあり方が反映されており、「大丈夫」「ごめんなさい」「お蔭さまで」などの言葉には、その人の人生経験や心の記憶が宿ります。

さらに、「めんどくさいから」「つまらないから」「しょうがないから」という言い訳は、実は踏ん張りどきのサインであり、その瞬間を乗り越えることで、自分がより大きく成長できるチャンスになると説いています。

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