武田邦彦さん著書『ウソだらけ 間違いだらけの環境問題』を参考にしました。
- 地球は本当に温暖化しているのか
- 20世紀日本の気温上昇はゼロ
- 地球上に生物が繁殖し始めたのは今よりも15℃も高い時期
- 温暖化は生物が生存しやすい状態
- 温暖化で本当に問題が出ているのか
- IPCCとはどんな機関なのか?
- 現在進んでいる生物の絶滅は都市化による
- 北極の氷は本当に融けているのか
- 温暖化して海面が上昇するレベルは台風による上昇よりも少ない
- 怖いのは寒冷化
- 温暖化よりもヒートアイランド現象の問題
- 地球温暖化問題は架空の問題?
- CO₂は本当に悪者か?
- 地球誕生とCO₂の状態
- CO₂が増えるのは地球にとっても生物にとっても優しい
- なぜCO₂で温暖化するのか
- 2℃〜3℃の温暖化は日本にとってはいいことばかり
- 中国とアメリカがCO₂排出量が断然多い
- 温暖化対策に本気で取り組むのは日本だけ
- 日本経済を衰退させる鳩山内閣のCO₂排出25%削減
- 排出量削減を呼びかけるマスメディアの欺瞞性
- 太陽光発電になれば電力代が2.5倍になる
- まず日本にとってという視点から考える
- 行政がきちんと対応していればゴミ問題などなかった
- 環境問題は1990年以降の日本の幻想
- マスメディアが作り出した仮想の毒物・ダイオキシン
- なぜプラスチックは回収しないほうが資源の無駄にならないか
- プラスチックのリサイクルの裏側
- ペットボトルのリサイクルのごまかし
- 紙はリサイクルするよりも日本の森林を活用する方が有効
- リサイクルができるのはアルミニウム・鉄・銅・貴金属
- リサイクルは自然の理に合わない
- 省エネはエネルギー使用量を増やす
- この本のまとめ
地球は本当に温暖化しているのか
武田氏は、地球の平均気温が近年上昇しているという主張に対して、「それはデータの見方次第であり、一面的である」と指摘しています。
観測点の位置、都市化による影響、統計の取り方によって結果は大きく異なります。
地球全体の気候は過去何十億年にもわたり周期的に変動しており、現在の変化もその自然変動の一部と考えられるため、「地球全体が人為的に温暖化している」と断定するのは早計だと述べています。
20世紀日本の気温上昇はゼロ
日本の気象庁の観測データを分析すると、20世紀の日本全体としての平均気温上昇はほとんど見られない、と武田氏は主張します。
特に地方の観測点では、気温変化が非常に小さいことが確認されており、むしろ都市化による「局所的な気温上昇(ヒートアイランド)」が全体平均を押し上げていると考えられます。
つまり、日本における「温暖化」は、人間の生活空間の変化による人工的現象にすぎないという立場です。
地球上に生物が繁殖し始めたのは今よりも15℃も高い時期
地球の歴史を振り返ると、生物が爆発的に繁栄した時期(カンブリア紀など)は、現在よりも気温が約15℃高い時代だったとされています。
武田氏は、この事実をもとに「高温のほうが生命活動が活発で、生物多様性も豊かだった」と指摘します。
つまり、気温が上がることは必ずしも「生物にとって悪いこと」ではなく、むしろ進化や繁栄を促す要因でもあると解釈しています。
温暖化は生物が生存しやすい状態
温暖化によって極地の氷が減れば、居住可能な土地や植物の生育域が広がり、寒冷地でも農作物が育つようになります。
気温が高い地域では食料生産が安定し、生命活動が活発化する傾向があります。
そのため武田氏は、「地球の温暖化は、地球が生物に優しい方向に変化している自然な現象」と見なし、人間がそれを“悪”と決めつけることに疑問を呈しています。
温暖化で本当に問題が出ているのか
メディアでは「温暖化で異常気象が増えた」「災害が増えた」と報じられますが、武田氏によれば、統計的に見ると台風や洪水、干ばつなどの発生頻度は長期的に大きく変わっていません。
つまり、気象災害の原因をすべて温暖化のせいにするのは誤りであり、「自然現象を都合よく温暖化と結びつけているだけ」だと指摘しています。
温暖化そのものよりも、報道の仕方が恐怖をあおっているという見解です。
IPCCとはどんな機関なのか?
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、国連が設立した「気候変動の影響を評価する国際組織」です。
しかし武田氏は、この機関を「政治的な組織」として批判します。
科学的中立よりも、「温暖化対策を進めたい国際的意図」に沿った報告がなされる傾向が強く、データの選び方や表現が恣意的であると指摘します。
つまり、科学的議論というよりも、「地球温暖化という前提を前提として政策を正当化する組織」として機能しているという見方です。
現在進んでいる生物の絶滅は都市化による
生物の絶滅は「気候変動のせい」とされがちですが、武田氏によると、実際の主因は人間による「都市化」「開発」「環境破壊」です。
森を切り開き、土地を舗装し、川をコンクリートで固めることで、動植物の生息地が急速に失われています。
つまり、生物多様性の喪失は温暖化の結果ではなく、「人間の生活圏拡大による直接的な破壊」が本当の原因だとしています。
北極の氷は本当に融けているのか
「北極の氷がどんどん融けている」という報道も多いですが、武田氏は「北極の氷は季節ごとに増減するのが自然であり、過去にも同様の変動があった」と説明します。
氷の面積が一時的に減っても、それは夏季の自然な現象であり、翌年には戻ることもあります。
観測データの一部を切り取って「氷が消えている」と報じるのは誤解を招く行為だとしています。
温暖化して海面が上昇するレベルは台風による上昇よりも少ない
地球温暖化によって海面が上昇すると言われますが、武田氏によると、その上昇量は年間数ミリ程度であり、台風や高潮などの一時的な水位変化(数十センチ〜1メートル)と比べると極めて小さいものです。
人間の生活に実害を与えるレベルではなく、報道されるような「都市が沈む」という表現は誇張だと主張しています。
怖いのは寒冷化
温暖化よりも本当に恐れるべきは「寒冷化」だと武田氏は言います。
過去の地球では寒冷期に食糧生産が落ち、文明が衰退した例が多くあります。
気温が下がれば作物が育たず、飢餓や人口減少を招く恐れがある。
人類の歴史を見ても、暖かい時代ほど繁栄し、寒い時代に苦しんできたことから、「温暖化を防ぐよりも寒冷化に備えるべき」と主張しています。
温暖化よりもヒートアイランド現象の問題
都市部で観測される気温上昇の多くは、地球規模の温暖化ではなく「ヒートアイランド現象」によるものです。
アスファルトやビルが熱を蓄え、夜間に放出することで都市の気温が上がります。
地方や自然の多い地域ではその影響が少なく、全体の平均を押し上げているのが現実です。
したがって、問題は「地球が温まっている」ことではなく、「都市の設計と人口集中」にあるとしています。
地球温暖化問題は架空の問題?
武田氏は、「地球温暖化問題」は科学的根拠よりも政治・経済的要素で作られた“架空の問題”であると断じています。
実際の温度変化は自然の範囲内であり、地球は常に気候変動を繰り返してきた。
にもかかわらず「温暖化対策」を理由に新たな税金や規制が導入され、国際的な利権構造が生まれている。
著者は「真の環境保護とは、恐怖ではなく冷静な科学によって導かれるべきだ」と結論づけています。
CO₂は本当に悪者か?
武田邦彦氏は、「CO₂=悪」という世間の固定観念を真っ向から否定しています。
二酸化炭素は、大気中のごくわずかな成分にすぎず、しかも植物が光合成を行うために不可欠な物質です。
もしCO₂がなくなれば、植物は生きていけず、地球上のすべての生態系が崩壊してしまいます。
つまり、CO₂は地球の生命を支える基本的なガスであり、悪者ではなく「生命の源」なのです。
人間社会は“排出量削減”ばかりを考えていますが、著者は「自然界の一部としてのCO₂の役割を忘れている」と警告しています。
地球誕生とCO₂の状態
地球が誕生した約46億年前、大気の大部分は二酸化炭素で占められていました。
その後、海ができ、植物が誕生し、光合成によってCO₂が酸素に変換されていきました。
つまり、CO₂があったからこそ生命が誕生したのです。地球の歴史を通じて、CO₂濃度は常に上下しており、現在の約0.04%という濃度は、むしろ“地球史上では極端に低い”部類に入ります。
武田氏は、「今のCO₂の増加を危機と騒ぐより、むしろCO₂が少なすぎることを心配すべき」と述べています。
CO₂が増えるのは地球にとっても生物にとっても優しい
CO₂が増えると植物の光合成が活発になり、森林や農作物の成長が促進されます。
実際、温室栽培では人工的にCO₂を増やして生育を助けており、これは科学的にも証明されています。
地球上でCO₂が増加すれば、食料生産量も増え、生物全体が恩恵を受けます。
したがって武田氏は、「CO₂の増加は地球を豊かにする自然の作用」であり、「減らすべき汚染物質」として扱うのは間違いだと主張しています。
なぜCO₂で温暖化するのか
温暖化の理論では、CO₂が赤外線を吸収し、地表から放射された熱を閉じ込めることで気温を上げると説明されます。
しかし、武田氏はこの仕組みに限界があると指摘します。
CO₂が増えても、その温室効果はある一定量で飽和し、以降は気温への影響がごくわずかになるからです。
また、水蒸気や雲など、CO₂よりも強い温室効果を持つ要素が多く存在しており、CO₂だけを“主犯”とするのは科学的に単純化しすぎています。
つまり、CO₂の温暖化効果は確かにあるものの、地球全体の気温を決めるほどの力は持っていないというのが著者の立場です。
2℃〜3℃の温暖化は日本にとってはいいことばかり
日本の気候が現在よりも2〜3℃上昇した場合、農作物の収穫量は増え、寒冷地でも新しい農業が可能になります。
冬の暖房エネルギーも減り、高齢者の「寒さによる死亡率」も下がる。
さらに、寒冷地域の生活環境が改善され、人々の健康や経済活動にもプラスの影響が出ます。
著者は「わずかな温暖化は人間にとって利益の方が大きい」と述べ、「“温暖化=悪”という決めつけは、科学より感情で動いている」と批判しています。
中国とアメリカがCO₂排出量が断然多い
世界のCO₂排出量を国別に見ると、上位を占めるのは中国とアメリカです。
中国は石炭火力発電を多用しており、世界全体の約3割を排出。
アメリカも大量のエネルギーを消費する社会構造を持っています。
一方で、日本の排出量は世界全体の数%程度にすぎません。
にもかかわらず、日本は厳しい削減目標を掲げ、企業や国民に大きな負担を強いている。
武田氏は、「CO₂排出の責任は主要排出国にあるのに、日本が率先して苦しむのは不合理」だと強く主張しています。
温暖化対策に本気で取り組むのは日本だけ
国際会議などで「地球温暖化防止」を訴える国は多いものの、実際に大幅な削減策を実行しているのは日本だけだと武田氏は指摘します。
多くの国は、自国の経済や雇用を優先して緩い目標を掲げるにとどまり、表面上の参加にすぎません。
一方、日本は真面目に排出量を減らす努力を行い、その結果として産業コスト増・経済力低下を招いている。
著者は「日本の“誠実さ”が、結果的に自国を苦しめている」と述べています。
日本経済を衰退させる鳩山内閣のCO₂排出25%削減
鳩山由紀夫政権(2009年)は、「2020年までにCO₂排出量を25%削減する」という国際公約を掲げました。
武田氏はこれを「日本経済を破壊する非現実的な政策」と厳しく批判しています。
国内の省エネ努力だけでは到底達成できず、製造業の海外移転や雇用喪失を引き起こす危険があったからです。
結局、CO₂削減の名目で国内産業が疲弊し、海外での排出が増えるという本末転倒の結果を招いた。
著者は「政治が科学を無視して感情と人気取りで動いた典型例」としています。
排出量削減を呼びかけるマスメディアの欺瞞性
武田氏は、マスメディアが「CO₂削減こそ正義」という一方的な論調で報道していることを問題視しています。
科学的な異論や多角的なデータはほとんど取り上げられず、視聴者に“恐怖と罪悪感”を植え付けるような情報だけが流される。
また、テレビ局や新聞社はスポンサー企業の「エコ商品」広告によって利益を得ており、結果的に「エコ=商業活動」という構造を生み出している。
著者は、「メディアは科学的真実ではなく、社会的空気を作り出している」と批判し、視聴者に「自分の頭で考える力」を取り戻すよう呼びかけています。
太陽光発電になれば電力代が2.5倍になる
武田邦彦氏は、太陽光発電が「クリーンで安いエネルギー」と宣伝されていることに疑問を呈しています。
太陽光パネルの製造・設置・維持には多大なコストとエネルギーがかかり、しかも天候に左右されるため安定した発電ができません。
この不安定さを補うために、火力発電や蓄電設備を併用する必要があり、その分の費用が電気料金に上乗せされる結果、最終的に電力代は2.5倍程度に上昇すると指摘しています。
つまり「太陽光は無料」というイメージは誤りで、トータルで見ればむしろ高くつく構造だと警告しています。
まず日本にとってという視点から考える
武田氏は、環境政策を語る際に「地球全体のため」という抽象的な視点だけでなく、日本という国の現実と利益から考える必要があると主張します。
日本は国土が狭く、資源が限られた島国であり、他国と同じ政策をそのまま採用しても合わない場合が多い。
たとえばヨーロッパ型の温暖化対策や再エネ政策は、地理条件が異なる日本には不向きです。
「日本の技術・環境・文化・経済に合ったやり方を優先することが、真の環境保護である」としています。
地球規模の理想よりも、「現実に即した国益的エコ」を重視すべきという立場です。
行政がきちんと対応していればゴミ問題などなかった
ゴミ問題が深刻化した背景には、武田氏によれば「行政の怠慢と誤った方針」があります。
日本は高度経済成長期に急速に都市化したにもかかわらず、廃棄物処理の体制整備が遅れた。
その結果、家庭や企業に過剰な分別や負担を押し付け、「市民の責任」にすり替えてしまった。
もし行政が科学的根拠に基づいて適切に焼却・再利用・処分のシステムを作っていれば、ゴミ問題はそもそも大きくならなかったという見解です。
つまり、「ゴミ問題=国民のモラル問題」ではなく、「行政の技術と管理の問題」だとしています。
環境問題は1990年以降の日本の幻想
武田氏は、「環境問題」という言葉自体が1990年代以降に急速に広がったことを指摘します。
それ以前の日本は、高度成長期の公害対策を経て空気も水も劇的に改善され、むしろ環境は良くなっていました。
にもかかわらず、メディアや政治が新たな「環境危機」を煽り続けた結果、人々は「環境破壊が進んでいる」と錯覚させられた。
著者はこれを「幻想の環境問題」と呼び、実際には問題よりも“不安をビジネス化する構造”が拡大しただけだと批判しています。
マスメディアが作り出した仮想の毒物・ダイオキシン
1990年代、日本では「ダイオキシン汚染」が大問題として報じられました。
しかし、武田氏はこの騒動を「マスメディアによる恐怖の演出」と分析しています。
科学的には、焼却炉などから出るダイオキシンの量は極めて微量であり、人体に影響を与えるレベルではない。
それにもかかわらず、メディアが「猛毒」「奇形児が生まれる」などと報じ、社会的パニックを引き起こしました。
著者は、ダイオキシン騒動を「日本の環境神話の象徴」として位置づけ、“科学よりも感情で作られた危険”の典型例だとしています。
なぜプラスチックは回収しないほうが資源の無駄にならないか
プラスチックをリサイクルしようとすると、洗浄・分別・再加工に膨大なエネルギーとコストがかかります。
また、種類が多く性質が異なるため、混ざると再利用が難しく、品質も劣化します。
その結果、リサイクルに使うエネルギーの方が、原料から新しく作るよりも多くなってしまう。
武田氏は、「リサイクルは良いこと」という思い込みが、逆に資源の浪費を招いていると警告しています。
むしろ、焼却して熱エネルギーとして利用する(サーマルリサイクル)方が、合理的で自然の理にも合うと述べています。
プラスチックのリサイクルの裏側
プラスチックの「再利用率が高い」という数字の多くは、実は“エネルギー回収”や“海外への輸出”を含めたものであり、実際の再製品化率は非常に低いといいます。
しかも、海外に送られたプラスチックは現地で焼却されたり埋め立てられたりしており、環境的には意味がありません。
著者は、「日本のリサイクルは“リサイクルしたことにしているだけ”」と指摘し、行政や企業の自己満足的な仕組みを批判しています。
ペットボトルのリサイクルのごまかし
ペットボトルはリサイクルの象徴とされますが、実際には再利用に適さない構造を持っています。
集めたペットボトルを洗浄・粉砕して再加工するには大量の水とエネルギーが必要で、コスト的にも非効率です。
そのため、回収されたペットボトルの多くは海外に輸出され、現地で燃やされたり、衣料用繊維などの低品質製品に転用されるにすぎません。
武田氏は、これを「エコの名を借りたごまかし」とし、リサイクルという言葉の実態が空洞化していると批判しています。
紙はリサイクルするよりも日本の森林を活用する方が有効
紙のリサイクルも環境に良いとされますが、再生紙を作る工程では大量の薬品・水・エネルギーが必要です。
一方で、日本は森林資源が豊富で、間伐材などを活用すれば持続的に紙を生産できます。
つまり、木を切ることが悪ではなく、適切に植林・伐採を繰り返すことで森林は再生し続ける。
武田氏は、「紙のリサイクル信仰」よりも「国産木材の循環利用」を進める方が、経済的にも環境的にも合理的だと説いています。
リサイクルができるのはアルミニウム・鉄・銅・貴金属
本当に効率的なリサイクルが可能なのは、金属類に限られると著者は明言します。
アルミや鉄、銅、貴金属は、再溶解しても品質が落ちず、エネルギー効率も高い。
これらは「真の資源循環」が成り立つ数少ない素材です。
一方、プラスチックや紙のように化学的性質が変化する素材は、リサイクルに不向きです。
したがって、「リサイクルは素材によって選ぶべき」であり、すべてを“回せば良い”という考え方は誤りだと述べています。
リサイクルは自然の理に合わない
自然界には「古いものを完全に再利用する」という発想はありません。
植物や動物は寿命を終えると分解され、新しい命の栄養源として循環します。
人工的に“完全リサイクル”を目指すのは、自然のシステムに逆らう行為であり、エネルギーの無駄が生じます。
武田氏は、「自然界の摂理は“再生産”であって“再利用”ではない」と述べ、リサイクルという概念そのものが人間の思い上がりだと警鐘を鳴らしています。
省エネはエネルギー使用量を増やす
一見矛盾するようですが、武田氏は「省エネ運動は結果的にエネルギー消費を増やす」と指摘しています。
たとえば、省エネ家電を買い替えるために製造・輸送・廃棄の過程で多くのエネルギーが使われます。
また、節電が進むと電力会社が安価な電気を提供し、かえって消費が増える「反動効果(リバウンド効果)」も起こります。
つまり、省エネという行為は心理的満足を与えるだけで、地球全体のエネルギー使用量を減らす効果はほとんどないというのが著者の結論です。
この本のまとめ
武田邦彦氏は、「環境問題」という言葉の多くが科学的根拠よりも“思い込み”と“商業的利権”によって形成されていると指摘しています。
エコやリサイクルは、本来の目的を見失い、「良いことをしている気分」に浸るための行動になっている。
本当に必要なのは、自然の摂理に即した、科学的で冷静な判断です。
環境問題は感情ではなく、データと合理性で考えること。
そして「地球を救う」前に、「自分の生活と国の現実を正しく見つめ直す」ことこそが、真の環境保護であると本書は締めくくっています。


コメント