自民党の派閥

政治と経済

派閥の定義と性質

派閥とは、自民党内における権力争いをするためのグループであり、単なる仲良しグループとは異なり、しっかりとした組織を持つ組織化された政治団体です。

派閥には、所属メンバー、役職、組織のルールが決められており、事務所となる部屋や事務局も備えています。

派閥への入会には正式な手続きが必要であり、所属議員が複数の派閥を掛け持ちすることはできません。

また、派閥は自民党とは別の会計を持ち、派閥ごとに政治資金の収支報告を毎年行っています。

派閥のリーダーは一般に領袖(りょうしゅう)と呼ばれ、派閥の通称は領袖の名前をとって「○○派」と呼ばれることが多いです(例:細田派、麻生派)。

派閥の歴史と役割(全盛期)

自民党は1955年に自由党と民主党が合併して結成されましたが、このときから党内には様々な立場や政策理念の対立が存在しており、これらの緩いグループが後に派閥として確立されました。

派閥はかつて「党中の党」とも呼ばれるほど大きな影響力を持っており、それぞれの派閥が権力争いをしていました。

特に1980年代までは派閥が最も力を持っていた時代です。

派閥の主な役割は以下の4つに分けられます。

総裁選挙対策

派閥の領袖を総裁(実質的に内閣総理大臣)にするため、メンバーは領袖に尽力し、その見返りとして利益を得ました。

国政選挙対策

中選挙区制の時代には、一つの選挙区から複数の自民党候補者が出馬し、自民党同士で激しい争い(内紛)をしていたため、党の支援だけでなく派閥の支援が不可欠でした。

派閥は選挙資金を提供することで議員を支えました。

政治資金の調達

熾烈な選挙を戦うための資金調達を派閥が行いました。

政府・国会等のポスト配分

政府や国会の人事において、派閥が推薦した候補が役職に割り振られる派閥均衡人事が行われていました。

派閥の弱体化と変遷

派閥の力は、1994年の選挙制度および政治資金制度の改革をきっかけに弱体化しました。

選挙制度の変更

中選挙区制から小選挙区制(1選挙区から1名当選)に移行した結果、各選挙区で自民党候補者が一人に絞られました。

これにより、選挙で重要になったのは派閥の支援よりも、党そのものの存在や総裁の役割、そして党執行部が持つ公認権の力となりました。

政治資金制度の改革

政治資金の取り締まりが強化され、派閥(政治団体)は企業や団体からの献金を受け取ることができなくなりました。

また、国から政党に対して資金援助を行う政党交付金制度が作られたことで、資金面でも党の力が派閥よりも強くなりました。

こうした制度変更により、派閥は最盛期ほどの力は持たなくなったものの、依然として存在し、総裁選やポスト決めで一定の影響力を発揮しています。

主要な派閥(2022年時点)

2022年時点では6つの派閥が存在していましたが、2024年の政治資金パーティーを巡る裏金問題により、複数の派閥が解散する方針を決定しました。

以下は、裏金問題以前に存在していた主な派閥と、その特徴です。

正式には7つの派閥があると言われていましたが、資料には6つが挙げられています。

細田派(清和政策研究会 / 清和会)

自民党最大派閥でした。

元々、自民党内では非主流派でしたが、小泉純一郎氏が総理大臣に就いた頃から勢力を拡大しました。

タカ派的な傾向があり、自主憲法の成立や貿易拡大を望むグループとされてきました。

安倍晋三元総理もこの派閥に所属していました。

2024年1月、裏金問題を理由に解散の方針を決定しました。

麻生派(志公会)

第2位の派閥でした。

以前はそれほど大きくありませんでしたが、数年前に三島派が合流したことで勢力を拡大しました。

河野太郎氏(元防衛大臣)が所属しており、かつては彼の父である河野洋平氏の派閥だったため「河野派」と呼ばれた時代もありました。

茂木派(平成研究会)

名門の派閥で、かつては橋本龍太郎氏などを輩出しました。

2024年3月時点で、麻生派とともに存続しています。

岸田派(宏池会)

宏池会(池田勇人元首相らの流れを汲む)は、自民党内で最も歴史のある派閥の一つです。

自民党のなかでは最もリベラル(ハト派的)と言われており、政策通が多いのが特徴です。

政策集団としては優れているものの、政局に弱いと揶揄されることもありました。

2024年1月、裏金問題を理由に解散の方針を決定しました。

二階派(志帥会)

「来るもの拒まず」という方針で、元民主党議員など様々な人材を迎え入れ、勢力を拡大しました。

一部で不祥事や逮捕者が出る傾向があるとも指摘されていました。

2024年1月、裏金問題を理由に解散の方針を決定しました。

石破派(水月会)

既存の派閥の流れを組まないベンチャー派閥と見なされていました。

石破茂氏はもともと派閥を批判していましたが、自身が総理大臣を目指す際に派閥が必要だと感じて結成しました。

森山派(近未来政治研究会)

石原伸晃氏の息子が率いていた石原派が母体です。

最も人数が少なく、かつて有力議員が所属していましたが、その後人数が落ち込みました。

2024年1月、裏金問題を理由に解散しました。

非公式なグループとして、中堅・若手を中心とした菅グループなども存在し、総裁選の鍵を握ると言われていました。

2024年の派閥解散

2023年後半から、自民党の複数の派閥による政治資金パーティー収入の裏金問題が表面化しました。

この問題を受け、2024年1月には岸田派、二階派、安倍派が解散の方針を決定し、その後森山派も正式に解散しました。

この結果、2024年3月時点で、主要派閥として残っているのは麻生派と茂木派の2つのみとなりました。

解散を決めた派閥も、政治団体としては解散しつつ、勉強会などのグループとしての活動は続ける方針であるとされています。

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