頭を良くする全技法

自己啓発

齋藤孝さん著書の「ベストオブ齋藤孝頭を良くする全技法」を読んで私が印象に残ったところを並べてみました。

仕事のスピードを早める逆算思考

まず目的地を見極め、次にそこに至る最短コースを描く。時間を節約するためには、こうした逆算するデザイン力が重要です。

人は、もともと1つの物事に費やせる時間が少ししかありません。途中で迷っている暇などないので、常に最短距離を探す努力を心がけます。

そして訓練しているうちに、自然と逆算思考が身に付くので、仕事のスピードがアップし、結果として時間に余裕が生まれるのです。

1日3分割法

1日ははっきり三分割し、それぞれの時間帯をどう過ごすか、何をやるかを具体的に決めて習慣化していくのです。

すると、仕事や作業が効率よく進み、1日の中身が濃くなります。

午前中はとにかくルーティンワークに集中する、午後は最も大事なことをやる、夜は残業をなるべく早く終えて、あとは好きなことをしてリラックスするというのでもいいでしょう。

あるいは午前中に重要な仕事を全力疾走で行い、午後は事務的な作業などでまったり過ごし、夜は最も興味のあることに時間を割く。

その人のスタイルに従って、3つの時間帯のテーマを決めて活動すると、万全と1日が過ぎていくということがなくなります。

はじめに結論を書け

は便箋1枚に大きな字で書け。初めに結論だ。理由は2つ3つを箇条書きにせよ。この3つでまとめきれない大事は無い。話を聞いても忘れるが、紙は手許に残る。

成功するには単独者であれ

群れて成功した人はいない。

何かを勉強しよう。学ぼうと言うときには、まず群から離れて1人で立つ。これが基本姿勢だ。頭の良し悪しや本をたくさん読んできたかどうかより、単独者になれるかどうかが問われる。

もう知っていると言う態度を捨てる

もう知っていると言う態度を徹底的に捨て去ることで、この世界をまるで今生まれたばかりのように新鮮に、美しく感じることができれば素晴らしいことではないでしょうか。

実はそれができるのが芸術家や詩人なのだと思います。画家はよくモチーフと呼ばれるものを繰り返し描きます。

モネが睡蓮を、セザンヌがサン・ヴィクトワール山を幾度となく描いたように。

それは当たり前のように咲いている花にも、いつもそこにある山にも、常に新しい何かを見出したからでしょう。

大人が勉強をする理由

大人の勉強の目的は、自分で決めることができるのです。

だからこそ終わりはないし、試験もない。深掘りすればどこまでも深く、無尽蔵に情熱を注ぎ込める対象になり得ます。

勉強の楽しさに目覚めれば、一生退屈することなく、人生を過ごせるのです。

学ぶことで、自己肯定ができる

現代は生きる目的を見つけにくく、死にたい気持ちがいろいろな形で襲ってくる時代です。

そんな中にあっても、どんな人でも学んでいる自分は好きでいられるはずなので、学ぶことによって自分を愛することができます。

つまり自己肯定ができるのです。

それはアイデンティティーがあることでもあります。アイデンティティーは自分自身であると同時に他者と大事な部分を共有していることも意味します。

それがあることによって、自己肯定感が生じてくるので、自殺しにくくなったり、他者に対しても余裕を持てたりします。

知性は生きる息苦しさから人を解放する

語彙力が身に付くことの良さは何かと言えば、言葉を手に入れることによって、物事を明晰に認識できるようになること。

その状況を対象化して捉えられるようになること、その結果強くなれることです。

そして、知性を身に付けるとは、1つの狭い世界だけにとらわれなくなることです。

知性を身に付けると言うのは、気取った話をすることやわけ知り顔でうんちくを並べることではありません。生きていることをより豊かにする力強くすることだと私は思っています。

教養豊かな人ほど発見が多くなる

驚くべきことに驚けるのは実は教養があるからです。知識豊富で教養豊かな人はもうあまり驚くことがないのではないかと思うかもしれませんが、逆なのです。知れば知るほど、心の底から驚くことができるのです。

語彙で世界の見方は変わる

1番伝えたいのは、語彙が豊かになれば見える世界が変わるということ、人生そのものが楽しくなると言うことです。

思考は頭の中で言葉を駆使して行われます。つまり、何かについてじっくり考えて意見を持つためには、先にたくさんの言葉をインプットすることが必要不可欠です。

英語が苦手な人は英語で深く思考することはできないでしょう。それと同じように乏しい語彙力ではそれを通した狭い世界しか見ることができません。

たくさんの語彙をインプットすることで、たくさんの知らなかったと出会うことでしょう。

その中で今まで8色で認識していた世界が200色にも500色にもなって、目の前に広がる感動を味わえるはずです。

読むことを通して、思考の達人に近づく

考えると言うと、一般的には自分の内側から湧き上がってくる独自なものを捕まえると言うように捉えられていることが多い。

しかし私たちは基本的に言葉を使って考えるのであって、その言葉は自分が生み出したものではない。

そもそもはみんなが共有している文化遺産である。日本語を母国語とするものは、日本語という言葉体系でものを考えざるを得ない。

先人が膨大な時間の蓄積の中で、吟味し残してきた言葉を道具として考えを進めるのだ。

その道具の使いこなし方の技についても、またその上手な使い手から技を盗まなければ上達はしない。

思考力を最も端的に高めるのは読書と言う方法だ。本人は言葉を思考の道具として最も駆使して得た人間の思考が凝縮されている。

その凝縮された思考の結晶としての文章は、言葉で考えることを鍛えるための最高の練習メニューとなる。

小さなゴールをクリアしてモチベーションを上げる

日本人はとにかく目標高く設定する傾向があるので、後ろ向きになりがちな人は6割位で良いと言うように、とりあえずのゴールを低めに設定するのが良いだろう。

事や勉強に取り組むモチベーションを上げるには、とりあえず現実として目の前の目標は割と低めに可能なゴールを設定して次々とクリアしていくことである。

考えることの原動力

私自身はこのように考えています。人がものを考えるのは、そこに解決したい問題があるから、変えたい現実があるから、そして現実を変えることによって、誰かが幸せになるからだと思うのです。

つまり考えることの同期とは、人を幸せにしたいこの子を喜ばせたいあの人に何かを伝えたいといったことなのではないでしょうか。

この子を上達させたい。あの人の笑顔が見たい。あるいは社会をもっと良くしたい。そういう気持ちがあってこそ現実を変えよう。そのために何をしたらいいか考えようと言う勢いが生まれてきます。

考え方自体は論理的なものであっても、考える力の推進力となるのはこういう気持ちだと思うのです。

変化する自分を認識する

読書は、他者の書いたものを読むと言う受け身の営みなのではなく、他者の言葉の中に自分を見出す、能動的な行為だともいえます。

その結果、見出される、自分はもはやそれまでの自分と同じではありません。

読んでいて、そういう考え方もあるのかと思った瞬間、新しい自分に出会っているのです。

そういうことも含めて考えれば読むと言う事は、同時に自己を読むことだという言葉も自然なものとして理解できます。

したがって、読書するときには、できるだけ自分を関わらせて読むように努め、その作品に記された言葉と感応し合いながら変化した自分を味わうこと、「あぁそうなのか、そんなこともあるのか」と気づいた自分の心を結晶化させ、しっかりと受け止めることが大切です。

継続で知的体力をつける

相撲の世界には3年先の稽古という言葉があります。本を読む習慣が半年後。1年後5年後の語彙を作り、あなたを作っていくのです。例えば電車に乗ったら、カバンから本を取り出す。カフェに入ったら、まず本を開く。夜寝る前には必ず読書の時間を取る。

こうした生活を意識的に送る事は毎日5キロ10キロ走るようなものです。継続することで知的体力がじわじわとついていき、頭を使い続けてもあまり疲れなくなっていく。

語彙が増えていくのと、同時に思考の底力がつくのです。

自分を修正する契機

学ぶ事は、優れた人の話を聞いて自分を修正していくこと。学ぶ事は、優れた人の話を聞いて、自分を修正していくこと。開講

あるいはその人に憧れを持ち、その人によって自分の新たな目標が見え歩むべき方向性が決まることです。

そして本や人の話の中から、具体的なアドバイスを得て、自分の生活の中にある種の学びの習慣を作っていく。

だからこそ、読書を学びの基本にすると良いのです。

本を読まないと言う事は、いわば膨大な数の賢者たちからあらかじめ見放されてしまっていると言うことです。

著者の目になる

読書は、自分と異なる視点を手に入れるのに役立ちます。

意識したいのは著者の目になることです。

自分と違う見方だなぁと思っても、一旦は著者の目になったつもりで本を読む。著者の目で周りを見てみる。

そうすることを繰り返すと視点が重層的で多角的になります。

1点に凝り固まるのではなく、厚みや深み広がりのある視点を持つことができるのです。

知識を冷凍保存する

読書ノートのようなものを作り、しかも引用を多くしておけば記憶に残りやすい。

特に凝ったものではなく、簡単なメモ書き程度でも充分だ。

少なくとも、そのノートを見返せば、その本の内容をパッと思い出せるはずである。

それはちょうど釣った魚の扱いに似ている。せっかく釣ってもさばかずに放っておけば、そのうち腐ってしまう。

しかし、きちんとさばいて冷凍保存しておけば、必要なときにいつでも食べられる。ほんの一手間まで後々まで楽しめるとすれば、やらないではないだろう。

仮面を被ることで素を保つ

私たちはよく本音で語ることこそ善と考えがちだ。腹を割って話そうとか、その自分を見て欲しいと言ったセリフもしばしば聞く。しかしそれではかえって疲れてしまうのである。

特に仕事において仮面をつけたままのコミュニケーションは決して悪ではない。

それが相手との関係を円滑にしたり、交渉をまとめたりする手段になり得る。

そして何より素の自分を崩さずに済むのである。

好感の法則

人に対して、好感を持つ人が好感を持たれやすいと言う法則は真実だ。

自分に対して好感を持ってくれる人に対して、人は好感を持ちやすい。そうした関係を作るには送り送られると言う行為が最も近道で効果的なのである。

苦手な人とは会わない

苦手な人とどう付き合っていけばいいですかと言う相談を受けることがあるのですが、私はある程度の年齢になったら苦手な人とは合わない離さない決めれば良いと答えています。

人生の時間は限られています。苦手な人と親しくなる努力を止めて、気の合う人とだけ付き合うと決めてしまう。これも1つの方法です。

会話では本当の事と否定的な事は言わない

会話自体が争いの種にならないようにするには、2つのルールがあります。

1つは本当の事は言わないと言うこと。嘘をつくのは倫理上良くないことですが、人との会話においては本当のことを言うのも嘘と同じかそれ以上に良くないことがあります。

特に言われる方にとって、耳の痛いことを真っ向から突きつけてしまうと凄い抵抗に遭い、会話どころではなくなってしまいます。

もう一つのルールは否定的なことを言わない。わざわざ悪口を言う人はあまりいませんが、悪口ではなくても言われて、嫌な事は誰にもあります。

受け止めてずらす

もし相手と反対の意見を述べたいなら、受け止めてからずらしていく。

相手を否定しなくても、こういう考え方もできると話を進めていくことで、別の見方を相手に提示することができる。

具体例を挙げる効果

具体例を挙げる能力が乏しいと説明がうまくいかないだけでなく、その発言者がぼんやりとした人、思考力の乏しい人といったイメージも相手に与えてしまいます。

逆に聞き手があぁ要するにそういうことなんですねとすぐに腑に落ちる上手な具体例を示する人は、相手からも理路整然とした頭の良い人と思われます。

台湾の基礎は活字力

他者に対する態度と言うのは、読書量、つまり活字力と関係があります。

活字を読むと言うのは、書いた人の話を聞く行為です。

読書量が多くなればなるほど、他者の話を落ち着いていくことができるので、まず相手の話を理解し、その上で自分のコメントをすると言う対話ができるようになります。

上手に諦めて、次に進む

向かないものや、手が届かないものに拘泥すると、人生が楽しくなくなることがあります。

上手に諦めて、次に進むことも大事なことです。

自己は経験と思考の積み重ねで安定する

確かに自己と言うものは、物のように確固たる固定的なものではない。

しかし経験と思考を積み重ねていくことによって、アイデンティティーは重層的になり安定してくる。

状況を変えるか、自分を変えるか

気分が、後ろ向きの時は、人生まで後ろ向きになってしまうものだ。

そういう時状況をすぐに変えるのが難しかったら、自分の方を変えてしまうと言う方法もある。

なぜなら、人生とは常に状況を変えるか、自分を変えるか、の闘いだからである。

倫理観は、小学生時代に教えよ

人間のライフサイクルにおいて、最も臨時的な時代は、小学生時代だと思います。

小学生の時は、いろいろな物事を素直に受け止め、素直に考えられる時代です。

その頃に酵素善とは何か、よりよく生きるとはどういうことなのかを徹底的に教えるべきでしょう。

そして勇気を持つことが重要だとか、悪を憎む心が大切だとか、友情が大事だと言うことを、人生の基本にまず据えるよう導くべきなのです。

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