世界四大文明の概要
「世界四大文明」とは、一般的にメソポタミア文明、エジプト文明、インダス文明、そして中国文明(または黄河文明)の4つの古代文明を指します。
これらの文明は、およそ4000年前頃に世界の4つの地域で発生したとされています。
これらの文明に共通する特徴として、温暖な気候や大きな河川(大河)に恵まれた地域に起こった点があります。
このような環境は農耕や牧畜に適しており、多数の人口を養うことが可能でした。
また、どの文明においても独自の文字が発明されていたことも重要な共通点です。
文明の定義には様々な説がありますが、一般的には、高度な文化や社会であり、大きな人口が集中した都市やその周辺で効率的な食料生産が行われ、職業や階級が分化し、文字、冶金術(金属加工)、記念碑的な建造物を持つ人間の集団が高度な文化や社会を形成した状態を指します。
エジプト文明 (Egyptian Civilization)
アフリカの北側、ナイル川流域で紀元前3000年頃に誕生しました。
ナイル川の恩恵
ナイル川は毎年決まった時期に氾濫を繰り返し、この氾濫が運ぶ肥沃な土壌が農業を可能にしました。
これにより安定した食料供給が得られ、余剰食料が社会の発展を促進しました。
このため、エジプトは「ナイルの賜物」という言葉が生まれました。
統治と建築
王権を中心とした国家体制を確立し、ファラオ(王様)による統治が行われました。
特に古王国時代には、ファラオの墓として、ピラミッドの建設が盛んになり、クフ王のギザの大ピラミッドが象徴的です。
カルナック神殿やアブシンベル神殿などの巨大な建築物も残されています。
文字
ヒエログリフ(神聖文字)と呼ばれる象形文字が石碑や神殿の壁に刻まれ、また、デモティック(民用文字)が日常生活の記録に使用されました。
19世紀にロゼッタストーンが解読されたことで、エジプト学が大きく進展しました、
科学技術
氾濫時期を知るために天文学が発達し、現在のカレンダーの元となる太陽暦(1年を365日、12ヶ月とする考え方)が作られました。
また、10進法も使われていた形跡があります。
宗教
多神教を信仰し、太陽神ラーや豊穣の神オシリスなどが崇拝されました。
古代エジプト人は死後の世界を強く信じており、来世で魂が肉体に再び宿ると考えたため、ミイラが作られました。
メソポタミア文明 (Mesopotamian Civilization)
チグリス川とユーフラテス川の流域(アラビア半島の東の付け根、現在のイラクにあたる地域)で栄えました。
時期
4大文明の中で最も古く、紀元前8000年頃にそのきっかけとなる世界最古の街ができ、紀元前3500年頃に大きく発展し、紀元前4世紀まで続いたとされています。
構造
エジプトとは異なり、統一国家ではなく、それぞれの地域でリーダーが立ち、都市国家が数多く形成されたのが特徴です。
文字
楔形文字が発明されました。
これは横書きになり、先の尖った鉛筆を粘土板に押し当てて書かれました。
後にアルファベットに発展していくことになります。
科学技術
太陰暦(月の満ち欠けを基にした暦)が作られ、時間を60進法で測ることや、1週間を7日とする七曜制(しちようせい)が考え出されました。
法律
ハンムラビ法典は、この文明期にハンムラビ王が国を平和に治めるために制定した法律で、楔形文字で書かれています。
先行文明
メソポタミア文明の発生よりずっと古い、紀元前5500年頃には、同じ地域でシュメール文明(シュメール人)が発生しており、高いレベルの文化を持っていました。
インダス文明 (Indus Civilization)
インダス川の中下流域で発展しました。
時期
紀元前2500年頃から紀元前1500年頃に栄えました。
都市計画
モヘンジョダロやハラッパーなどの巨大な都市遺跡が有名です。
遺跡からは、排水溝、倉庫、道路、大浴場など、計画的かつ壮大な都市を建設しようとした形跡が発見されています。
文字の謎
インダス文字が使われていた形跡がありますが、これは現在も未だ解読されていません。
このため、宮殿や王の墓が未発見であることも相まって、謎に包まれた古代文明とされています。
社会構造
王のような絶対的な権力者(王)がいたかどうかは不明ですが、都市計画や埋葬品から身分階層が存在した証拠は見つかっています。
滅亡
インダス文明が滅亡した理由については、大洪水説、地震説、戦争説、環境破壊説など様々な説が唱えられていますが、完全には解明されていません。
中国文明 (Chinese Civilization / Huanghe Civilization)
黄河および長江流域に形成されました。
かつては黄河文明と呼ばれていましたが、後に長江流域にも文明(長江文明)があったことが判明したため、両方を含めて中国文明と呼ばれることが多くなりました。
時期 (黄河)
紀元前5000年から3000年頃が楊韶文化、紀元前2500年から2000年頃が竜山文化と呼ばれています。
農業
黄河流域では主にアワやキビといった雑穀が栽培されました。
長江流域では稲作(水田)が発達しました。
初期国家
紀元前17世紀には殷(イン)という国ができ、これが中国大陸で成立した最初の国家とされています。
文字
甲骨文字が生まれました。
これは、亀の甲羅や牛の骨に刻まれた占いの結果を記録するための文字で、漢字の元となりました。
漢字は現在も日本と中国を中心に広く使用されています。
技術
青銅器も生まれました。
文明の性質
中華文明は、後に儒教(Confucianism)に基づいて成立した文明であるとされます。
「世界四大文明」概念の背景と学術的な位置づけ
「世界四大文明」という概念は、現代の歴史学界ではすでに否定され、曖昧な概念であるとされています。
学術的に否定された理由
より古い文明の存在
4大文明が約4000年前に発生したとされるのに対し、古代メソポタミアでは、紀元前5500年頃(約8000年前)にシュメール人によるシュメール文明が存在していました。
他の主要文明の存在
中国においても、黄河文明よりも約2000年前に長江流域に長江文明が存在していたことが分かっています。
多発的な文明の発生
実際には、エーゲ文明、メソアメリカ文明、アンデス文明など、世界には20箇所以上で文明が同時期に発生したという指摘もあります。
「四大文明」概念の起源と普及
「世界四大文明説」の原形は、19世紀末から20世紀初頭にかけての中国の思想家、梁啓超(リャン・チーチャオ)によって唱えられたものとされています。
梁啓超は歴史学の専門家ではありませんでしたが、当時欧米列強や日本に侵略され半植民地状態にあった中国の民衆に対し、「中国文明は四大文明の一つであり偉大である」と主張することで、中国の国威発揚や国民の誇りを取り戻させるためのプロパガンダ(政治的意図)としてこの概念を提唱しました。
この概念が日本や中国でのみ強く信じられ、学校教育で大々的に教え込まれてきた背景には、日本が中国の国民感情に配慮し、近隣諸国条項のもとでこの歴史観を排除できずにいるという政治的な側面があると指摘されています。
代替概念
国際的な歴史学の研究では、特定の文明数に限定しない「文明のゆりかご」という用語が、初期に現れた文明群を示す用語としてより一般的に用いられています。
文明の発生に必要な要素
文明が発展するための大前提として、農耕による食料生産の開始と、それによる余剰農産物の生産が不可欠です。
また、考古学者のゴードン・チャイルドは、文明の定義として、以下の複数の要素を提唱しています。
- 効果的な食料生産(灌漑農業など)により、大きな人口を抱えられること。
- 職業や階級の分化。
- 都市の形成と、ピラミッドなどの記念碑的な建造物。
- 文字や冶金術(金属加工の技術)の発展。
- 科学や芸術の発達。
四大文明の多くが大きな川のほとりで起こったのは、豊かで肥沃な土地と水資源の確保が、人口を集中させ、社会を発展させるために不可欠だったからです。
水資源を利用するためには、人工的に水路を形成する灌漑農業が必要であり、これを行うための計画が都市形成につながっていきました。


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