「右」と「左」という言葉の意味は、時代によって変化します。
本来の(伝統的な)意味
本来の「右」と「左」の区別は、個人が大事か、国が大事かという点に基づいています。
右派(保守党など)
国が大事であるという考え方です。
祖国を守ろう(愛国心)という立場をとり、国家の一員として努力することを重視します。
国を守るという目的のためには、個人がある程度自由を奪われるのもやむを得ないと考えます。
左派(自由党・リベラルなど)
個人が大事であるという考え方です。
個人の権利は絶対的であり、国が個人の権利を脅かすことは許されないとします。
この区分は、だいたい19世紀頃までのイギリスにおける二大政党制(右が保守党、左が自由党)の対立に見られました。
社会主義の台頭と「左」の変容
19世紀に自由主義(本来の左派)に基づく自由競争が行き過ぎると、ものすごい貧富の差が生まれてしまいました。
この結果、「負け組」を救おうという思想、すなわち社会主義が反動として生まれてきました。
社会主義
個人の自由よりも平等に最も価値を置きます。
貧富の差を無くし、平準化するために、国家がある程度の強制力を持つ必要があります。
そのため、国が強制力をもって富裕層の財産を分配していく形となり、結果的に国家権力が強まっていくという性質を持っています。
徹底的な平等を追求したこの思想の具体例として、ロシア革命後に成立したソビエト連邦があります。
現代的な「リベラル」の誕生と意味のねじれ
20世紀初頭に世界恐慌が発生すると、自由放任主義を採用していたアメリカ経済が破綻し、高い失業率に見舞われました。
これに対し、社会主義的な統制経済を採用していたソビエト連邦は外から見て「うまくいっている」ように見えました。
この状況下で、アメリカ大統領フランクリン・ルーズベルトは、社会主義者の側近を多く迎え入れ、ニューディール政策を実施しました。
「リベラル」の意味の変化
ルーズベルト政権は、従来の自由放任主義的な資本主義は個人を不幸にしているとし、国家が個人の生活を責任をもって守ること、つまり社会保障を充実させることが「真のリベラル」であると主張しました。
この新しいリベラルの実現のためには、「大きな政府」と「巨大な官僚機構」による平等と統制が必要とされました。
これにより、「リベラル」という言葉は、従来の「小さな政府、個人の自由」から「大きな政府、平等を追求する統制経済」へと意味が変わり、ねじれが生じています。
現代の日本などで「リベラル」と呼ばれる勢力は、人権を主張しながらも、目指す方向は大きな政府・官僚機構・統制経済の実現であることが多いとされます。
現代アメリカにおける「右」と「左」の対立
現代のアメリカ政治においては、上記のリベラルの変化が明確に現れています。
民主党(リベラル)
統制経済や平等分配を好み、大きな政府を志向しています。
共和党(保守)
逆に、この「リベラル」(民主党)に対抗し、政府を小さくして個人の自由を最大限に実現しようという立場をとっており、反リベラル(反統制経済)の旗を振っています。
このように、時代や国によって、個人主義や国家統制といった具体的な政策が、どの政治的立ち位置(右か左か)に結びつくかは変化しています。


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