文明の基礎と時代背景
シュメール文明は世界最古の文明の一つとされており、メソポタミア地域、特にチグリス川とユーフラテス川に挟まれた地域(現在のイラク南部)に紀元前3500年頃、つまり今から5000年以上前に興りました。
メソポタミアとはギリシャ語で「二つの川の間」を意味します。
シュメール人はメソポタミアに来るまでの起源や歴史が一切不明な民族で、突如としてこの地に現れたとされています。
シュメール人の使用したシュメール語は、周囲のセム系言語などとは全く異なる孤立言語(他の言語との関連性が見出せない独自の言語体系)であり、この点もその起源の謎を深めています。
彼らは、城壁に囲まれたウル、ウルク、エリドゥ、キシュといった都市国家を築き、各都市国家は独立した政治体制を持っていました。
都市が城壁で囲まれていたのは、メソポタミアが豊かな土地であるために多数の民族が集まり、争いが激しかったため、略奪から身を守る必要があったと考えられています。
画期的な技術と発明
シュメール文明は、後の文明の基礎となる多くの重要な発明と技術革新を生み出しました。
楔形文字と粘土版
シュメール人は世界最古の文字システムの一つである楔形文字(くさびがたもじ)を発明しました。
この文字は、単語を表す表意文字と音を表す表音文字が混在する複雑な体系でした。
初期の単純な形から時代とともに洗練された文字システムに進化し、約3000年にわたって使用され続け、シュメール語やアッカド語など少なくとも15の言語の表記に使用されました。
メソポタミア地域では石材や木材が貴重であったため、豊富に入手できる粘土が記録媒体として使用されました。
粘土版は、乾燥させるか焼くことで耐久性が増し、適切に保存すれば数千年も残ります。
粘土版には、経済や行政に関する記録が95%を占めるほか、物語、詩、医学書、苦情の手紙、外交文書、歴史書など、当時の人々の生活に関するあらゆる記録が残されました。
特にアッシリア最後の王アッシュルバニパルの図書館跡からは、3万枚以上の粘土版が発見されています。
農業技術と社会組織
シュメール社会では農業が非常に重視されており、大規模な灌漑農業を発展させました。
彼らは農具を使って水路を掘り、チグリス・ユーフラテス川の水を農地に引きました。
この灌漑システムの建設と維持には多くの労働者の協力が必要であり、そのための労働力の組織化、作業計画、資源配分が必要となり、社会組織の発展を間接的に促しました。
農具は神話にも登場する神聖な道具とされ、その盗難に対しては厳しい罰則が定められていました。
シュメール人は農具の改良を続け、水路を掘る道具、耕す道具、雑草を取る道具など、用途別に様々な種類の道具が開発されました。
特に注目すべき発明は、種蒔きと耕作を同時に行える農具で、作業効率を大幅に向上させ、収穫量の増加と人口増加、都市の発展を支えました。
これらは世界最古の農業指南書とも言える古代メソポタミアの農業文書に詳しく記されています。
暦、数学、法典
シュメール人は天文観測に優れ、12星座を作り出しました。
彼らの天文知識は季節の把握に利用され、農業に生かされました。
当初は太陰暦を採用していましたが、後に太陽や星の位置を組み合わせて暦を設定する太陰太陽暦を導入し、閏月を用いてズレを修正したとされています。
巨大な神殿であるジッグラトは、天体観測の場所としても利用されました。
シュメール人は世界最古の成文法とされるウル・ナンム法典(ウル第3王朝)を制定しており、これは後のハンムラビ法典に大きな影響を与えました。
法律を文書として残すことは、古代世界においては大きな功績とされます。
宗教と文学
多神教と神話の影響
シュメール人は多神教を信仰し、風の神エンリル、水と知恵の神エンキ、愛と戦いの女神イナンナなど、自然現象や人間活動の様々な側面を神格化していました。
彼らは神殿で儀式を行い、神々を喜ばせることが自分たちの義務だと考えていました。
彼らの神話は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教といった後のアブラハムの宗教に大きな影響を与えています。
特に有名なのは、旧約聖書に登場する大洪水の物語が、シュメールのギルガメシュ叙事詩やアトラハシス叙事詩に類似した話がすでに存在していたことです。
また、王権は神から授けられたとする王権天授説の認識が強く、王は神々の仲介者としての役割(新刊)も兼ねていました。
ギルガメシュ叙事詩
ギルガメシュ叙事詩は、紀元前2000年頃に作られた世界最古級の文学作品の一つです。
ウルクの王ギルガメシュを主人公とし、人間の運命や命について考える哲学的な内容を持っています。
暴君であったギルガメシュが、ライバルのエンキドゥとの友情を通じて英雄へと成長し、エンキドゥの死後に死を恐れて不老不死の秘密を求めて旅に出る物語です。
この旅の途中で、大洪水から生き残ったウトナピシュティム(ノアの箱舟の物語と類似)を訪ねるエピソードが含まれています。
軍事と社会生活
戦術と軍事組織
シュメールでは都市国家間の紛争が頻繁に起きていたため、効率的な軍事組織と戦術が発展しました。
ウル王墓から見つかった「ウルのスタンダード」には、整然と並んだ歩兵部隊が描かれており、これは古代ギリシャよりも約1000年前に使用されていた可能性が高いファランクス(密集陣形)と呼ばれる戦術の描写である可能性が指摘されています。
シュメール人は、銅よりも硬い青銅を軍事目的で大規模に利用した最初の文明である可能性が高く、戦闘での優位性をもたらしました。
社会と職業
シュメール社会には、農民、職人、商人、兵士、神官、書記など、現代社会と変わらない職業分化が存在しました。
ビール醸造も重要な職であり、ビールは労働者への配給(栄養価が高く水よりも安全な飲み物)にも含まれていました。
シュメールのビールは濃厚でとろみがあり、現代のものとは異なりストローで飲まれていました。
また、古代の契約文書には農具の貸借に関する取り決めや、賭け事に関する罰則がハンムラビ法典に定められているなど、社会生活は法律によって管理されていました。
衰退とシュメールの遺産
シュメール文明は、紀元前24世紀頃にサルゴン王によってアッカド人に征服され、アッカド帝国に支配されました。
その後、ウル第3王朝としてシュメール人国家が再興しましたが、紀元前2000年頃、エラム人などの外部からの侵攻により約100年で滅亡してしまいました。
シュメール人は、その後の歴史の表舞台には現れなくなり、シュメール語を話す者もいなくなりました。
彼らがその後他の民族に吸収されたのか、あるいは消え去ったのかは不明です。
しかし、シュメール人が残した遺産は非常に大きく、法典の編纂、都市国家の概念、農業技術、文字、そして宗教的な神話などは、後のオリエント世界から世界中に広がる文明の源流となりました。
彼らの技術を改良し続けるという革新への意欲こそが、人類最初の高度な文明を生み出す原動力であったと言えます。


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