優生学

学び

優生学(eugenics)は、「人類の遺伝的素質を改善することを目的とし、悪質な遺伝的形質を淘汰し、優良なものを保存することを研究する学問」と定義されています。

これは、個人の特性や属性(人種、肌の色、民族、障害など)に優劣をつけ、劣るとされた人や集団を社会から排除し、優れているとされた特性や属性だけを残すことで、「より良い社会」を目指すという考え方に基づいています。


優生学には、主に二つの側面があります。

積極的優生学

優れていると見なされた人が、より多く子孫を残すように奨励するものです。

消極的優生学

劣っていると見なされた人が、子孫を残すことを防ぐものです。

これは、社会学や政治と結びつくと、劣っていると見なした個人や属性を「積極的に」排除する法律や制度につながることがありました。

優生学を推進したとされる主な人物や団体


優生学は19世紀後半にフランシス・ゴルトンによって学問的に提唱され、20世紀前半には世界中に広まりました。

国際的・欧米での主な推進者・団体

フランシス・ゴルトン (Francis Galton)

イギリスの統計学者で、優生学という言葉を提唱し、その基礎を築きました。

彼は、人間の才能が遺伝によって受け継がれると主張し、家畜の品種改良のように人間にも人為選択を適用すればより良い社会ができると考えました。

アメリカ

最も早く優生学に基づいた制度化と実施が行われました。

精神障害者の結婚制限や強制的な断種手術が広く行われ、アメリカ先住民、黒人、移民などが対象となりました。

ロックフェラー財団、カーネギー協会、メアリー・ハリマン(鉄道王の妻)などが多額の資金を投じて優生学を支援しました。

アメリカ優生学協会は1972年に社会生物学会へと改名しています。

ナチス・ドイツ

人種衛生学として優生学が強力に推進され、ユダヤ人迫害や障害者の強制的な殺害など、極めて悲劇的な結果を招きました。

その他の欧米諸国

イギリス、スイス、デンマーク、スウェーデンなどの北欧諸国でも、優生学に基づく立法措置がとられ、精神障害者や特定の疾患を持つ人々に対する断種などの措置が行われました。

日本での主な推進者・団体

永井潜

1930年(昭和5年)に日本民族衛生学会を結成し、優生学的な思想を広めました。

この学会は、講演会や優生結婚相談所の開設、映画製作など、積極的に活動しました。

旧優生保護法

日本では1948年に「優生保護法」が制定され、「不良な子孫の出生を防止する」ことを目的として、障害や遺伝性疾患を理由に強制的な不妊手術を行うことが国によって認められました。

この法律は1996年に廃止され、母体保護法に代わりました。


優生学は、その根底に人種差別や障害者差別といった差別思想を含んでおり、多くの人々に深刻な被害をもたらしました。

現在では、その非人道性と科学的根拠の欠如から、ほとんどの国で否定されています。

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